アジア・アウトリーチ・AR234

「そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木 は実をみのらせず、オリーブの木も実りがなく、畑は食物 を出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。 しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって 喜ぼう。私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、 私に高い所を歩ませる。」(ハバクク書3:17 ~ 19)

 預言者ハバククは自分が生きた時代のことについて書い ている。それは危機的で混乱した時代、嵐とストレスの時 だった。大きな変化が訪れようとしていた時でもあった。 2020 年に世界が直面した状況下でハバクク書のこれらの 聖句を読むと、ハバククが感じていた欲求不満、落胆や心 配に共感できるのではないだろうか。私たちの多くは、ハ バククがそうであったように、「なぜこのようなことが起 こっているのか」と、この状況を理解しようと必死になっ ているからだ。

 ハバククはある宣言をしている。「たとえ何が起ころう とも、予期されていたことが崩れようとも、私は主にあっ て喜ぶ」と。神様ご自身を慕い求めることと、主に対する 献身を断言しているのだ。ハバククの希望は神のみにあっ た。ある牧師が、信仰についての説教の中でこのことにふ れていたことを思い出す。「あなたのビジョンは神様への 信仰によって明確になる。あなたの希望は神様への信仰に よって励まされる。あなたの応答は神様への信仰によって 決定される。」このコロナ・パンデミックの中にあっても、 多くの人が神様に対して応答してくださったことに感謝を ささげたい。

 新型コロナウィルスは私たちの先行きを不明瞭にし、恐 れを生じさせている。しかし、このような事態が皆様から の経済的ご支援に影響を及ぼさなかったこと、すなわち献 金が落ち込まなかったことは、多くの方々が神様にある希 望にしっかりと立ち続けたからではないだろうか。宣教地 において絶望している人々や、貧しい人々を助けるために、 豊かにお献げくださったことに心からの感謝をささげる。 現地で働く宣教チームは皆様からの捧げ物によって勇気を 得て、このパンデミックの中でも、貧しい人々の所に足を 運び、物資や贈り物を届けることができた。もちろん、感 染予防対策をしっかりと行った上での奉仕であった。

 皆様のご協力により私たちは、社会から見捨てられ、希 望を失っている人々に手を差し伸べ、彼らに触れて、その 人生を変えることができた。インドの宣教地にて働いてい る同労者たちは、チェナイ市近郊にある2つのハンセン病 患者収容施設を訪問した。一つは「ヴィリヴァルケム・マ ザーテレサ・コロニー」、もう一つは「アヴァディ・ガン ジー・コロニー」だ。訪問を受けた人々の顔に表わされた、 温かな歓迎の表情は測り知れないものだった。社会から隔 離され拒絶されている入所者たちに、光と神の愛を届ける ことができたのだ。ハンセン病患者にとって、身体の痛み よりも、人々から拒絶された心の傷の方が痛む。入所者た ちは食料や衣類の入った贈り物を、喜んで受け取ってくれ た。彼らと会話し、福音を伝えて希望を届けられたことは、 誰かが彼らを覚えていてくれている、という実感を与えた に違いない。

 この冬、宣教チームはチェナイ市の路上生活者を支援す るために、毛布や食力を届けに行った。今年の冬は特に寒 かった。新型コロナウィルス感染拡大によって、路上生活 者の数は増加している。住居だけでなく、家族をも失って しまった人々と会話をするのは、こちらの心がとても痛む ことだった、とチームは言っていた。路上生活者の多くは 高齢者で、自分を守ることができず、精神的に病んでいる こともある。それぞれには路上生活に至った複雑な経緯が あり、抱えている悲しみや絶望感も人によって違っていた。 しかし、誰かが関わってくれたということは、贈り物を受 けるよりも感動的なことで、心に触れることではないかと 思う。チェナイにいる私たちのチームは、愛あふれるご支 援に心からの感謝をささげている。

 宣教地に住む貧困者や助けを必要としている人々を助け るため、このコロナ禍の状況にありながら、私たちは十分 な金銭的支援を受け取ることができた。予算不足や不確か な状況の中での奉仕はすでに宣教チームにとっては経験済 みのことで、宣教地での働きにおいては普通ことではない かと思う。だが、新型コロナウィルスはこれらにもう一つ の困難を加えた。しかしこの困難に対しても、宣教チーム は主に対する信仰に立って適応できたのだ。自分自身や、 自分の家族の今後の生活については、恐れと不安が付きま とっているかもしれない。それでも今のような時には、恐 れて退き、沈黙するのではなく、イエスの宣教命令の成就 のために黄金律を実践すべきだと信じているのだ。

 神は、私たちの希望や恐れのすべてをご存知だ。イエス 様は「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、 またわたしを信じなさい。」(ヨハネ 14:1)と言ってお られる。神様のことばはこのことを繰り返し思い起こさせ てくださる。敵がやって来ると、私たちの力では乗り越え られないほどに大きなチャレンジに直面する時もある。そ のような時、私たちは立ち止まり、助けが神様から来るこ とを信頼して神様により頼み、道のないところに、神様が 道を造ってくださると信じることができる。困難は私たち の弱さを明らかにするが、私たちがより神様に信頼するよ う、私たちの益となるために作用する。神様の約束は疑い のないものだと信じることを心がければ、神様ご自身が完 全な時にすべてのことを新しくしてくださるだろう。

「見よ。わたしは新しいことをする。今、もうそれが起 ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。 確かに、わたしは荒野に道を、荒れ地に川を設ける。」(イ ザヤ書 43:19)



アジア・アウトリーチ・ジャパン・・・アジア・リポート No.234

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JANUARY - MARCH  2021.